東銀座と私 / 宮本亞門(前篇)

東銀座と私 / 宮本亞門(前篇)

2024.03.29
東銀座と私
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今と昔を結ぶまち、東銀座。まちや風景は変わってもそこで過ごした時間やかけがえのない経験はいつまでも心に残り続ける―
東銀座にゆかりのある方々に東銀座や銀座、築地などを含め、このエリアで過ごした想い出やこれから期待することなどを文や絵など形態にとらわれず、前篇・後篇として2回にわたり自由に綴っていただくエッセー企画「東銀座と私」。
その第7弾となる今回は、新橋演舞場前の喫茶店で生まれ育ち、演出家として世界で活躍されている宮本亞門さんに演出家の原点となったまちの想い出や今後への想いをご寄稿いただきました。まずは前篇をお届けいたします。

新橋演舞場の外観 昭和23(1948)年
©松竹株式会社

僕が生まれた頃にはもう新橋演舞場の前に喫茶店があって、両親が共働きをしていました。母はSKD(松竹歌劇団)のレビューガールだったこともあって、舞台を愛していましたし、舞台を観に来るお客様の手助けをしたいという想いがあって、演舞場の前にお店を開いたようです。母が舞台好きなこともあって、あの頃は演舞場への出前はすべてうちの喫茶店のものでした。コーヒーが何杯も入った大きなポットを僕が持って、母がお皿やカップを持ち、従業員の方と一緒に3人で楽屋と喫茶店を行ったり来たりしていました。

花柳界だったこともあって、当時は数寄屋造りの料亭がまだたくさんあり、まるで小京都のような雰囲気で、朝になると番頭さんたちがバーっと水を撒いたり、箒で掃除をしたり。人力車も100台以上あったと思います。少し時間があると芸者さんが人力車からパッと降りてきて、喫茶店でコーヒーを一気飲みのようにかっくらい、「さあ今日もお座敷よ」と言って座敷に行き、あちらこちらの2階から三味線の音が聞こえてくる、というような本当に下町のなんとも言えない雰囲気でした。

昭和31(1956)年8月 「東西合同大歌舞伎」の際に築地川で行われた船乗り込みの様子
©松竹株式会社

東京オリンピックが開催される際に、演舞場の周りにあった築地川は高速道路に変わってしまいましたが、昔は初日の前に歌舞伎の俳優さんたちが旗を立てて、 “どんどんどん”と太鼓を叩きながら船に乗って来て、演舞場の前で船から降りて「いよいよ始まりますよ」って、列をなして来たのよって話を母から聞いたことがあります。

僕の場合は、地元の小学校に通っていなかったので、周りに友達はいなかったのですが、時々、友達を呼んで誕生日会をやったりしていました。でも歌舞伎が好きで、(六世)藤間勘十郎先生のところで幼稚園の頃から日舞を習っていたこともあり、僕はいつも着物でしたね。母もいつも着物でしたし、近所を歩いている人も着物だったので、それがもう当然のような気持ちで、写真では友達はみんな洋服で、僕だけ着物でした。母は襟元のラインや襦袢がどう出るかとか、細かいラインまで気にしていたのをよく覚えています。喫茶店に立つ時も帯締めをキュッと最後に締めて、「行ってくるわ」って帯を叩いて出ていくのが、もうかっこいい芸者さんのようでした。

日舞を習っていた幼少期

喫茶店のお客様には、新国劇、新派、歌舞伎などいろいろな関係の方がいらっしゃいました。舞台の上演中は、観劇のお客様が開演前・開演後に寄ってくださって、演舞場の前はまるで歩行者天国のような状態に。ただ劇場に入っていくという場所ではなくて、芝居前の興奮や芝居が終わった後の「あの芝居こうだったね、ああだったね」という活気と熱気に溢れていました。

新国劇『大菩薩峠』 昭和32(1957)年3月 新橋演舞場
机竜之介=辰巳柳太郎
©松竹株式会社

母と一番仲が良かったのは、辰巳柳太郎さん、島田正吾さん、緒形拳さんといった新国劇の方たちで、舞台の合間に、平気でメイクしたまま来る人もいて、「さっき芝居失敗しちゃったよー」とか「失敗しちゃったらどうしよう」とか言うのを母が「大丈夫よ」って励まして舞台に帰したりとか。楽屋と繋がっているようなお店だったので、スタッフの方たちも遊びに来たり、打ち合わせをしたり。これから観劇のお客様にも「絶対面白いから、行ってらっしゃい」って送り出していく。そういった母の姿を見ていたから僕はきっと裏方というものに興味を持って、演出家になったところもあるのかなとも思います。でも劇場関係の人には、「あんな大変な仕事はないから演出家だけはなるな」って言われましたけどね(笑)。

(後篇につづく)

<プロフィール>
宮本 亞門(みやもと・あもん)
1958年生まれ。演出家として世界で活躍し、2004年には東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて「太平洋序曲」を上演、同年にトニー賞4部門にノミネート。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎などジャンルを問わず幅広く作品を手掛けている。またテレビドラマ初出演として、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」にて作詞家・藤村役を演じている。

宮本亞門 プロフィール

アイスショー「氷艶Hyoen2024 -十字星のキセキ-」演出
日程:6月8日(土)~11日(火)/ 会場:横浜アリーナ

アイスショー「氷艶Hyoen2024 -十字星のキセキ-」 公式HP

東京二期会オペラ「蝶々夫人」演出
日程:7月18日(木)~21日(日)/ 会場:東京文化会館 大ホール

東京二期会オペラ「蝶々夫人」 公式HP

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」出演(作詞家・藤村役)

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」 公式HP