今と昔を結ぶまち、東銀座。まちや風景は変わってもそこで過ごした時間やかけがえのない経験はいつまでも心に残り続ける──
東銀座にゆかりのある方々に東銀座や銀座、築地などを含め、このエリアで過ごした想い出やこれから期待することなどを文や絵など形態にとらわれず、前篇・後篇として2回にわたり自由に綴っていただくエッセー企画「東銀座と私」。
その第12弾となる今回は、芸人をしながら高校・予備校・大学で現役の地理教員をされているトフィーさんに、”地理”の視点から東銀座の地形や歴史についてご寄稿いただきました。普段とは少し違った東銀座の魅力を発見できる貴重な機会、今回は後編をお届けします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なぜ東銀座の首都高はS字クランクになっている?
突然ですが問題です!東銀座を通っている首都高速都心環状線の采女橋(うねめばし)付近はS字になっています。なぜこのような形になっているのでしょうか?
正解は「かつての海岸線に沿っているから」でした。地理院地図で東銀座周辺の海岸線について見てみましょう。地図上の赤色で着色された場所は盛土地・埋立地です。つまり、もともと海だった場所です。銀座は半島状に伸びた江戸前島に位置していることがわかります。采女橋のあたりで緑色の首都高が赤色の海岸線に沿ってS字になっています。
銀座はかつての江戸前島という半島に位置していました。江戸時代に半島の東岸に沿って築地川が形成され、昭和時代には築地川跡に首都高速都心環状線が形成されました。
江戸時代の地図を見ても築地川が采女橋付近でS字にクランクしていることがわかります。築地を埋め立てて造成した際に、江戸前島の東岸の海岸線を残してできた川が築地川なのです。実際に歩いて「なぜ?」と考え、解き明かしていくのが地理の醍醐味です。
今回は東銀座・築地エリアにひそむ旧築地川を堪能できるスポットを一緒に見ていきましょう!
三吉橋で首都高を見ながら旧築地川に思いを馳せる
航空写真にうつる三又の橋が三吉橋です。左の1945年~50年頃の航空写真では築地川に架かる姿が確認できます。現在は首都高の上に架かっています。
三吉橋は三又の美しい橋で三島由紀夫の小説『橋づくし』の舞台にもなりました。
こちらの写真は三吉橋から南西方向に首都高を見下ろして撮った写真です。左手の建物は中央区役所です。かつての土佐藩邸があった場所に建てられました。
写真の道路の左側をみると少し膨らみがあることが確認できます。ここにはかつて小さなパーキングエリアがありました。首都高速都心環状線で唯一のパーキングエリアだったそうです。ただ、トイレしかありませんでしたが。
現在は車が猛スピードで走る首都高ですが、かつては築地川が流れていた。そんな歴史に思いを馳せながら皆さんも三吉橋から首都高を眺めてみてください。というのは、このあたりの首都高にフタをして公園を造る計画が立てられています。この景色でさえ見られなくなってしまうかもしれませんのでお早めに。
旧築地川の川底に降りることができる!?
旧築地川を眺めるだけでは終わりません。なんと旧築地川の川底に降りることができるスポットを発見しました。左側の1945年~50年の航空写真を見てください。三吉橋から南東方向へ進むとほぼ直角に築地川が折れ曲がっているのがわかります。右側の航空写真を見てください。新富町出口で高速道路が終わり入船橋を越えたところで築地川公園多目的広場となっています。
この築地川公園多目的広場は旧築地川で川底に降りることができる唯一の場所です。この場所を見つけた時は興奮が止まりませんでした。もし首都高になってしまっている他の旧築地川に降りてしまったら、高速道路に侵入したということで、高速自動車国道法違反となってしまいます。しかし、ここでは合法で川底に降りることができるのです!
実はこの広場も本来は高速道路になる予定でした。左側の写真の左斜め奥と右斜め奥へと続く高速道路を作ろうとしたのですが、頓挫してしまい、トンネルだけが残りました。そう思うと川底の高速道路に見えてきませんか?
しかも、高速道路のトンネルの廃墟をのぞくこともできます。僕が行ったときには少年野球チームが高速道路のトンネルの廃墟でティーバッティングをしていました。とてつもなく贅沢な屋内練習場です。
東銀座・築地エリアはかつて水の都でした。東洋のベニスでした。その痕跡が確かに残っています!過去の築地川の姿に思いを馳せながら現在の高速都心環状線や旧築地川の川底に降りられる広場をぜひ訪れてみてください。見られなくなってしまう未来が来る前に。
<プロフィール>
トフィー
松竹芸能所属の芸人・講師・旅人。
独自の視点で地理の魅力を伝える地理芸人として活動しながら、高校、予備校、大学で地理の非常勤講師も務める異色の経歴を持つ。自らの足で世界を巡り、これまで17カ国を旅してきたほか、国内でも精力的にフィールドワークを敢行。机上の学問に留まらない、リアルな地理の面白さを追求しています。自身のYouTubeでの発信やメディア出演をはじめ、地域活性化イベントやまち歩きツアーでも活躍中。







