「グルメのまち」というイメージが強い築地ですが、実は明治時代、このエリア一帯は日本の海上の近代化を支えた「重要拠点」だったことをご存じでしょうか。
この記事では、お散歩がてらに気軽にロマンに触れられる、築地・東銀座エリアの知られざる歴史スポット3選をご紹介します。
中央区築地5-1-1(国立がん研究センター中央病院 敷地内)
① 近代的な海のリーダーを育てた学校跡(海軍兵学寮跡)
現在の「国立がん研究センター中央病院」の敷地内には、明治時代、最先端の航海技術などを学ぶエリート学校がありました。
幾人もの総理大臣を輩出したこの学校はのちに広島県の江田島へと移転することになりますが、スタートの地はここ築地に位置します。
明治天皇がこの学校へ行くために通った道が、今もおなじみの「みゆき通り」の由来になっています。
中央区築地5-1-1(国立がん研究センター中央病院 敷地内)
② 先進的な医療と看護の学び舎(海軍軍医学校跡)
①のすぐお隣には、当時トップクラスの医学や看護の技術を研究していた医療学校の記念碑も並んでいます。
たくさんの命を救うための最先端医療がここで育まれました。
かつて医療の最先端だった場所が、現在は「がん研究センター」になっているのも、素敵なご縁を感じます。
中央区築地5-3-1(東京国税局 敷地内)
③ 日本初の「海の地図」が生まれた場所(日本国海図及び海洋調査発祥の地)
明治4年、船が安全に海を渡るために欠かせない「海図(海の地図)」を、日本で初めて自分たちの手で作った場所がここ築地(現在の東京国税局の敷地内)に遺されています。
ここで始まった海の安全を守る業務は、現在の「海上保安庁」へと引き継がれています。
140年以上も日本の海を守り続けている活動の原点が、築地にあります
今ではスタイリッシュなビルや大きな病院が立ち並ぶエリアですが、一歩足を踏み入れると、日本の「初めて」に挑んだ人たちの熱気を感じることができます。
皆さまも築地・東銀座エリアに刻まれた歴史の面影を探しながらお散歩してみてはいかがでしょうか?
- 出典:海上保安庁HP PDF資料「ゆかりの記念碑」







