<後篇>
今と昔を結ぶまち、東銀座。まちや風景は変わってもそこで過ごした時間やかけがえのない経験はいつまでも心に残り続ける―
東銀座にゆかりのある方々に東銀座や銀座、築地などを含め、このエリアで過ごした想い出やこれから期待することなどを文や絵など形態にとらわれず、前篇・後篇として2回にわたり自由に綴っていただくエッセー企画「東銀座と私」。
その第11弾となる今回は、株式会社三菱地所設計で長年ご活躍され、GINZA KABUKIZA(歌舞伎座・歌舞伎座タワー)の設計に携わられた野村和宣さんに、まちの劇場として親しまれてきた歌舞伎座への想いや“記憶を守りながら、新しい歴史を作ること”への工夫や挑戦などについてご寄稿いただきました。今回は後篇をお届けいたします。
第五期歌舞伎座と未来へのまちづくり
第五期歌舞伎座が完成してから、もう十年以上が経ちます。工事中は「今度はどんな姿になるのだろう」と心配に思われた方もいらっしゃったかもしれません。けれども、いざ開場すると、多くの方が「懐かしい」「前の歌舞伎座に戻ってきたみたい」と口にしてくださいました。その言葉を聞いたとき、設計に関わった私にとっても胸がいっぱいになりました。
まちに開かれた劇場
五代目は「まちに開かれた劇場」として生まれ変わりました。地下鉄東銀座駅とつながる「木挽町広場」や、屋上庭園とギャラリー。観劇しなくても誰もが気軽に立ち寄り歌舞伎を楽しむ仕組みができたのです。
そのおかげで、観劇に訪れた人が広場を歩き、お土産を買い、食事を楽しみ、自然と路地へと流れていくようになりました。木挽町通りもにぎわいを取り戻し、「歌舞伎座がある通り」としての存在感が強まったように思います。
新しいにぎわいの風景
江戸時代の芝居街では、芝居の合間にそばや団子を食べるのが楽しみでした。その風景は、現代の東銀座にも重なります。歌舞伎座を訪れた人がいつものお土産を買い、近所の小さな食堂やワインバーで余韻を楽しむ。劇場の外に広がるまち全体が「芝居街」として息づいているように思えるのです。
これは歌舞伎座だけの力ではありません。周囲のお店や路地の雰囲気、地域の方々の暮らしがあって初めて実現すること。だからこそ、このまちは歩けば歩くほど新しい発見があり、何度訪れても飽きないのだと思います。
記憶を守り、新しい歴史をつくる
第五期歌舞伎座では、第四期の部材を再利用したり、当時の色や質感をできるだけ忠実に再現しました。目的は、過去を懐かしむだけでなく、「あの頃の思い出」をいまの空間につなげ、そこに新しい記憶を重ねていくためでした。
その結果、お客様や俳優の方々から「前の歌舞伎座に帰ってきたようだ」と言っていただけました。古いものと新しいものが共に生き、未来へ歩んでいく――それこそが歌舞伎座の歴史であり、このまちの姿なのではないでしょうか。
歌舞伎座は劇場だけでは成り立ちません。周りのお店や路地の風景、人々の営みがあってこそ「まちの劇場」として輝くのだと思います。
東銀座はいま、銀座と築地を結ぶ場所として、多くの人が行き交うまちになりました。観光客もオフィスワーカーも、そして地元に暮らす人も、それぞれの目的で集まり交わる。その中心に歌舞伎座があり、まち全体が舞台のように機能しています。
歌舞伎座は代を重ねながら「継承と進化」を繰り返し、東銀座の記憶を紡いできました。第五期となったいまも、その役割は変わらないでしょう。人を集め、にぎわいを生み、地域の誇りを形にしていく――そんな営みの積み重ねが、このまちの未来につながっていくのだと思います。
設計者としてこのプロジェクトに関われたことは、私にとって大きな財産でした。そして今は一人のまち歩き好きとして、このまちのこれからを楽しみにしています。地元の皆さんと一緒に、東銀座という舞台を未来へつなげていけたらうれしいですね。
<プロフィール>
野村 和宣 (のむら かずのり)
1964年生まれ。株式会社三菱地所設計にて長年活躍後、現在は神奈川大学にて建築学部建築学科の教授を務める。手掛けた主な作品は、日本工業倶楽部会館・三菱UFJ信託銀行本店ビル、JPタワー保存棟(東京中央郵便局舎)、三菱一号館美術館、GINZA KABUKIZA(歌舞伎座・歌舞伎座タワー)、京都ダイヤビル、旧名古屋銀行本店ビル、慶応義塾図書館旧館耐震改修など。主な受賞歴は、日本工業倶楽部会館・三菱UFJ信託銀行本店ビル(日本建築学会業績賞、日本建築学会作品選奨)、三菱一号館美術館(日本建築学会業績賞、BCS賞)、JPタワー(BELCA賞)、GINZA KABUKIZA(BCS賞)。著書に「生まれ変わる歴史的建造物 ~都市再生の中で価値ある建造物を継承する手法~」(日刊工業新聞社)がある。日本の村や街を歩き回る、Youtubeチャンネル「集落町並みWalker/Walk around Japan」も運営中。







