東銀座と私/尾上菊之丞(前篇)

東銀座と私/尾上菊之丞(前篇)

2023.05.31
東銀座と私
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今と昔を結ぶまち、東銀座。まちや風景は変わってもそこで過ごした時間やかけがえのない経験はいつまでも心に残り続ける―
東銀座にゆかりのある方々に東銀座や銀座、築地などを含め、このエリアで過ごした想い出やこれから期待することなどを文や絵など形態にとらわれず、前篇・後篇として2回にわたり自由に綴っていただくエッセー企画「東銀座と私」。
その第2弾となる今回は、銀座7丁目のご自宅兼稽古場で研鑽を積まれ、振付師・演出家としても様々なジャンルで活躍の場を広げている日本舞踊尾上流四代家元・尾上菊之丞さんにご寄稿いただきました。まずは、前篇をお届けします。

祖父がここに居を構えたのは、昭和20年代~30年代。恐らく菊之丞になってからだと思います。この辺りは花柳界ですから、うちの隣の路地は、右も左も置屋の女将さんや芸者衆が住んでいらして、置屋自体もあったような。あと築地の「小すが」さんや「花蝶」さんといった新橋の料亭やご家族が住んでいましたね。今みたいに防音ではないので、三味線の音やお稽古の音が良く聞こえていました。

子供の頃は、よく路地で遊んでいて、この辺りは子供がそんなにいないので、同じ世代のお子さんはあまりいなかったです。「花蝶」さんのところの5つ歳上のお姉さん、3つ歳上のお兄さんと遊んでいました。尾上松也くんも一本道を隔てたところに住んでいて、よく見かけてはいましたけれど、ひと回りくらい世代が違うので、一緒に遊んだという記憶はないですね。自宅の2階の稽古場に芸者衆がお稽古に来るのでいつも女性に囲まれていました(笑)新橋花柳界にしても今は30~40人ぐらいですが、僕が子供の頃は、100人以上はいたと思います。

「銀座七丁目-新橋組合附近-」昭和54(1979)年9月
(写真提供:中央区立京橋図書館)

自宅の隣に「日吉組」(※1)という人力車の車夫の詰所もあり、そこの車夫さんには、本当によく遊んでもらいましたね。あと閉店してしまいましたが、「蘭州」の厨房の皆さん。それから料亭の板場のお兄さん方にもよく遊んでもらいました。半分割烹着みたいな状態で休憩中にキャッチボールしてくれたり、一緒に将棋を指したり。

ただ、皆さん仕事があるので、電話がかかってきたら、人力車を引いて行ってしまうんですよね。僕としても遊ぶ人がいなくなるとつまらないので、人力車をとにかく追っかけ回すという(笑)よく人力車に乗っている芸者衆に「気が気がじゃないからよしてくれ」って言われていました(笑)それくらい、とにかく周りの皆さんには遊んでもらいました。

「日吉組」は、平成に入った頃だと頭(かしら)を筆頭に車夫が10人以上いました。ただ芸者衆が少なくなるにつれて徐々に車夫も少なくなって。最終的には3人くらいになり、新橋演舞場のお稲荷さんのところにプレハブを建てて、数年間はそこを詰所にされていましたね。そして、最後まで定(さだ)さんという車夫さんが残っておられましたが、残念なことに10年ぐらい前に廃業してしまいました。僕は子供の頃から思い出がたくさんあったので、とてつもなく寂しかったですね…。

当時使われていた人力車

僕が菊之丞になってから初めて「東をどり」を全面的に手掛けさせていただいたときに、新橋の芸者衆を描いた舞踊を創ったのですが、最後にどうしても人力車を舞台に出したいと思って定さんに相談したのですが、「自分はあくまでも車夫で、やっぱり表に立つようなことは違うから、それはできないんです」とおっしゃられて。“美学”というとかえって軽くなっちゃうかな。定さんの“信念”のようなものを感じましたね。

最終的には、うちの尾上菊透(きくゆき)が人を乗せた時の車の引き方を教えていただきました。人力車はカッコウ付けずに腰を落として左右対称に持つなどといったこだわりも印象に残っていますし、そういったことも芝居に生きています。周りにそういった方たちがずっといてくれて、遊んでもらって、本当に思い入れもありますし、感謝しています。それが今はなくなってしまったというのはすごく寂しいですね。直接話しをした訳ではないのですが、定さんが最後、仕事が徐々になくなっていく中でもプレハブで1人、頑張ってらっしゃったときに、僕がよく顔を出したり、遊びに行ったことが「気が紛れて良かった」と言っていたと他の方から聞いて、とても嬉しかったですね。
                                                    (後篇につづく)

(※1)「日吉組」東京屈指の料亭街を有する東銀座エリアに、日本で唯一残っていた、芸者衆専用の人力車。銀座や築地の料亭まで送り届けていた。

尾上 菊之丞(おのえ・きくのじょう)
1976年生まれ。日本舞踊尾上流三代家元・二代尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、1981年(5歳)国立劇場にて「松の緑」で初舞台。2011年、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。「東をどり」、「鴨川をどり」等の花街舞踊や歌舞伎の古典はもちろんのこと、新作歌舞伎、宝塚歌劇団、万国博覧会、フィギュアスケートショー、アイスショーの振付や演出など幅広い分野で活躍している。

尾上菊之丞 プロフィール

「第25回古典芸能鑑賞会」
日程:2023年6月3日(土)/ 会場:日本橋公会堂ホール「日本橋劇場」

「第25回古典芸能鑑賞会」公式HP

「新作歌舞伎 刀剣乱舞」演出
日程:2023年7月2日(日)~27日(木)/ 会場:新橋演舞場

「新作歌舞伎 刀剣乱舞」公式HP

「音楽堂 舞踊の会」長唄『吉原雀』鳥売男役
日程:2023年8月26日(土)/ 会場:石川県立音楽堂 邦楽ホール

「音楽堂 舞踊の会」公式HP